今日は命日

最愛の猫みゃうが虹の橋を渡って、8年が経ちました。21年半の長い時間を一緒に過ごしました。青森県の獣医大学時代に、アパートのドアを開けて掃除をしていたら、「ただいま」って感じで自分から部屋に入って来た茶トラの若いメス猫。先住犬のコロコロを恐れることもなく、まるで私と出会うことが最初から決まっていたかのような、不思議な瞬間でした。コロコロとも、そう、今日まで出会ったすべての動物たちとも、同じ数だけ出会いのストーリーがあります。みなさんも同じでしょ?

みゃうは人間なら100歳を越えていました。静かに、本当に静かに息を引き取りました。普段は大きな声を出さないルークが異変を感じ、大声で知らせてくれなかったら、私は気づかずに夕飯の支度を続けていたでしょう。ルークはソファーに寝かしたみゃうに添い寝をしながら、必死で私を呼んでくれました。大急ぎで駆け寄り抱きしめると、私の手をぎゅっと握って、ふた呼吸してから静かに息を止めました。一晩一緒に眠りました。出会ってから看取る日まで、私はあの子に最大級の愛情を注ぎ、いつもできる限りのことをしてきたので、何も悔いはありません。でも、もし胸の中で逝かせることが出来なかったら、私は今も自分を責め続けていたでしょう。まだ幼かったルークにそうさせたのは、みゃう自身だと私は感じているのです。

みゃうは亡くなる前日、不思議な行動をしました。いつも私にだけする挨拶を、家族全員に長い時間してまわったのです。それは私にも覚悟を促すものでした。特にルークには特別に長く話をしていた様で、みゃうが亡くなった頃から、ルークは劇的に変わりました。私以外の人間は寄せ付けない、みゃうそっくりの超ママっ子になったのです。多分、泣き虫の私を置いて逝くのが心配だったので、ルークに自分の役目をバトンタッチしたのでしょう。

主人が「みゃうのことを無理して忘れる必要はないよ。でも亡くなったことばかり考えるのではなく、楽しかったことをたくさん思い出してあげて」と言ってくれました。いつか、あの子がいない淋しさにもう少し慣れたなら、奇跡的なお話の数々を聞いて下さいね。

今日は主人とお墓参りに行きました。みゃうと他の子たちの遺骨を抱きしめ、明日も頑張ることを誓いました。

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